正義の台頭

正義というのは嫉妬と強欲と利己主義で出来ていて、誰しも何らかの正義を持っていたりする。だからみんな悪が大好き、ランダム悪発生装置があるんじゃないかと思うくらい悪は霧のように次から次に発生する。本当は誰かが悪を故意に発生させ続けているだけなのに。

で、正義は悪を懲らしめるのが大好きだから、懲らしめられる悪を見て喜ぶ。まことに変態である。

例えば、車を運転しない人にとって車は悪であり、些細な違反も厳罰に処すべきだと思っている。だから天下り団体の下僕の緑人間が、嬉々として駐禁を取り締まると「ざま見ろ」「いい気味だ」と変態笑いでストレスを発散させる。

例えば、タバコが嫌いな人の正義にとってタバコは悪である。悪であるタバコやタバコ吸いがいたぶられるのを見るのはまことに喜ばしい、ということで禁煙ファシズムに擦り寄って「ざま見ろ」「いい気味だ」と変態笑いでストレスを発散させる。

例えば、サラリーマン嫌いの人にとってサラリーマンは凡庸と無個性、「モモ」のグレー人間たる悪であるから増税されてるのを見れば「馬鹿の不感症め」「どんどん毟られろ」と変態笑いで気持ちよくなる。

例えば、自営業嫌いの人にとって自営業は脱税と怠け者の象徴であり、国民総背番号や消費税に反対する社会不適合者であるから税金を毟り取られたり銀行の貸し剥がしに合ったり一家心中すると大喜びで「アホの怠け者め」「社会の脱落者め」と飛び跳ねる。

例えば、発泡酒嫌いの正義にとって発泡酒は悪であるから、増税には大賛成、「発泡酒みたいな偽物を飲む馬鹿者はどんどん毟られろ」と転げ回って喜ぶ。

他にも例えば、ユダヤ人嫌いにとってホロコーストは正義であり、天皇嫌いにとっては奥崎は正義、小泉崇拝者にとっては貧乏人は悪、変態社会好きにとって正気の社会は悪、野蛮人にとって平和は悪、ぼんくらにとって明晰は悪、全体主義者にとって個性は悪・・

そうやって正義という名の嫉妬と強欲と利己主義が、悪をやっつけることを肯定し、上位自我としての権力や政府を代行者と認知し崇拝し、いつしか我が身に降りかかった頃には苛められっ子しての絶望と孤独の中ではいずり回ることになる。気づいた時にはもう遅い。・・・・だが正義の変態野郎はそれでもめげず、次の悪たる犠牲者を探す魚の目になって、ぐるりんぐるりんと眼球を回転させるのである。