三度の笛

1 乳児の夢

 生まれながらに不幸なおれ様は自分の人生を呪って泣きわめいていた。
 燃える貪欲、世界への瞋恚、内なる愚痴、そのどれもがおれ様に嘔吐感をもたらし、絶望に落とし込むのだ。
 往来であるにも関わらず人目も気にせず大声で泣きわめくものだから、傍らにいる女性が悲しそうな、あるいは怒りに満ちた目でおれ様を呆然と見つめる。
 おれ様は立っていられなくなりその場にしゃがみ込んで泣きわめいた。自分の泣きわめく哀れな姿がさらに怒りと呪いを増幅させ、もうどうなってもいいのだと自暴自棄に拍車をかける。
 傍らの女性は天を仰ぎ見た後、仕方ない、と言うように「よいしょ」とおれ様を持ち上げ、乳母車に乗せ、風車をかざした。風車は風でぐるぐる回り、それを見ると科学者としてのおれ様は興味の対象が風と風車に移り、めまぐるしい科学思考のため先ほどの絶望感を忘れた。そして乗せられるとすぐに眠くなる乳母車の罠に気付く前に深い眠りに落ちるのだ。
「やれやれ。やっと寝てくれたか。泣きわめいて五月蠅いっちゅうねん。せやけどすぐ寝る子やなあこの子は」
 おれ様の乗った乳母車を押しながら駅に向かう女性をおれ様は夢越しに見ている。
「ちょっと切符買うてくるから待っときや」寝ているおれ様に母親のように語りかける女性。
「切符て、どこ行くねん」夢越しに質問するおれ様。しかし夢越しなので相手は気づかない模様だ。
 切符がおれ様に見つからないようにそっと手に包んで隠し、女性は構内に入った。もし切符がおれ様に見つかったらおれ様は必ずやそれを自分で持ちたいと騒ぎ出すから寝ているといえども用心して隠すのである。
 構内に飛行機が入ってきた。
 女性が乗り込もうとすると車掌が「お子様連れは危険ですのでお乗りになれません」と言う。おれ様は大人じゃこらと夢越しに怒鳴るが車掌には聞こえない。
「お子様はここに預けていただきます」
 しばらく考えていた女性は「ほな預けるわ。よろしゅう頼みますね」と言ってさっさと飛行機に乗り込んでしまった。
 このあばずれ、おれ様を捨てやがったな。自分だけ飛行機に乗りやがったな。おれ様も飛行機に乗りたかった。飛行機に乗せろ。船でもいいから乗せろ。こら。
 飛行機はゆっくりとホームから離れ、飛び立った。
 風圧で乳母車に設置された風車がはじけ飛ぶ勢いでけたたましく回った。
 おれ様は冷静さを失わないように気をつけてそっと起ち上がって父親に化け、乳母車に手を添えて駅員に話しかけた。「おおきに。わし、父親ですねんけど、この子、連れて帰りますわ。おおきに」
「お父さんですか」駅員は答えた「一応、お父さんということを確認させてください。では問題です。ぼーっとしてるのは何でしょう」
「えんとつ」
「正解です。お父さん、どうぞお連れください」